旅のブログ|バイシクルトリップ!
2019.06.27
はまかぜ海道◆今治~松山~大洲市◆四国~九州ぐるり自転車旅◆2/4
旅の概要
2019年5月、著者史上最も壮大な旅のひとつにでかけたことを紹介する。結果、著者は4日間に渡る自転車旅だったため、4分割にしておく。 これはその2。
合流して初日5/17、今治からはまかぜ海道を通過し、大洲市長浜エリアまで約82㎞走行。(地図をクリックすると、googl MAPが開きます)
序章の0日目の翌朝8時、大阪から到着し、東伊予港から約22㎞移動してきたチームと無事合流。
この日移動したのは、今治から、道後温泉を経由ののち、大洲市までの次の道のりだ。

ありがとうシクロの家・いざ!はまかぜ海道

では出発!の前に、元気なうちに、記念写真をパシャリ!
この日は、快晴で最高の天気に恵まれ、ごきげんサイクリング、感謝。
順調にはまかぜ海道を走行。右手に海を眺めながら、ゆっくりその景色を楽しむサイクリング。


時折休憩をはさみながら、写真ももちろん撮影。はまかぜ海道も、サイクリスト向けに国道196号線をメインに色々と整備されている。道の駅・風早の郷 風和里(ふわり)までは、途中細く、交通量がやや多い道もあるので要注意だ。
今治市からはまかぜ海道を南下し約26㎞進むと、道の駅・風早の郷 風和里(ふわり)が見えてくる。道を挟んで東西に施設が広がる。西側にはもちろん、美しい瀬戸内海が広がり、恋人たちが眩しげに寄り添って歩く。
松山市は道後温泉で昼食

街中は、平日にも関わらず周辺商店街は大変な賑わいである。インバウンドの方々もやや見受けられた。
道後温泉公式ホームページ
道後ハイカラ通り
我々一行は、食事処を、この瀬戸内料理金兵衛を選んだ。ここには名物料理として、道後金兵衛 大名御膳(味噌汁付)(1280円) があるからだ。『 ファンタジーあふれる異空間 四国・道後で味わう鮮度 瀬戸内料理 金兵衛へようこそ 』というなんともクレイジーなキャチフレーズにも惹かれる。

いかがか。この色とりどりの御膳さま!刺身もよし、揚げ物もからっとさくっと。個人的なくだらない食レポはさておき、興味深いこの街をもっと知りたいと思ったので記しておく。
松山市、道後温泉の歴史あらまし
愛媛県・松山市は、これより約2万年前からヒトが住み始めたようだ。(どうやってわかるのだろうか、不思議だ。)気になったのが、596年聖徳太子が道後温泉を訪ずれ、記念の石碑を建てたということ。 (どうやってわかるのだろうか、不思議だ。) 仏教にも深く関わる地であるとともに、松山城があることから、戦国時代には松山藩の拠点として、大活躍の土地だったという(ざっくりでm(__)m)。
道後温泉は、約3000年も前からあるという日本三古湯 (にほんさんことう) の一つ。ということは、縄文時代も終わる頃か紀元前の話になろうが、その頃からあったということである。聖徳太子も入ったという有難い温泉である。
日本で最も古いと言われる日本三古湯は他に、有馬温泉( 兵庫県 )、白浜温泉(和歌山県)。
明治に入り、1871年、廃藩置県により松山藩は『松山県』となるも、1873年には愛媛県へ、そして松山県は『松山市』になり県庁所在地となった。
明治27年、1894年、道後温泉本館が当時では斬新なデザインとして建築される。
昭和に入り、1945年、第二次世界大戦の終盤、B-29約60機により城北地区が爆撃され、広く街が消失 。
平成では、2007年、道後温泉本館周辺の整備が行われた。
2005年、北条市を中島市を編入合併し、現在では、人口51万人を超えるビッグシティである。
詳しく知りたい方は、こちらの松山市ホームページや、道後温泉の歴史は海賊通信、google等で検索頂ければと思う。
日本で一番海に近い駅、絶景の下灘駅🚋
下灘駅、著者は恥ずかしながら初耳で、初めて訪れた。
道後温泉から約31㎞南下したところにある。 国道378号、愛称 『夕焼け小焼けライン』(←33秒のyoutubeが開く)を行く。
来て見てびっくり玉手箱。なんと観光客の多いことか。それも大半が、日本人ではないではないか。どなえして来るのか…アジア人恐るべし。
それにしても、この駅、絶景と言うだけあって、山の上にあり、著者、すでにこのあたりで脚に疲労が来ており、上り坂が辛い。しかし坂を上るとそこには…
言葉の出ない程の絶景が広がっていたのだ!このとき夕日にはまだ早く、宿までは約12㎞だが、晩御飯も予約していたので途を急ぐ。
宿までの道は、引き続き国道378号、愛称『夕焼け小焼けライン』を行く。
宿までの道中、車で走っていては見つけられない面白いものも沢山見ながら足が辛くも進む進む。それはぜひ、ご自分の目で…。
歴史ある宿?冨谷金兵衛邸で宿泊
著者にとっての2泊目は、愛媛県大洲市長浜にある、冨屋金兵衛邸へ。
このあたりに宿の選択肢はあまりない。しかしこの宿は素晴らしいホスピタリティーで感動した。女将の気遣いと仕事に対する愛が溢れている。布団が夏用か冬用か微妙な頃で、非常に気にしてくださる。洗濯機も洗剤も、自由に使わせてくれて荷物少なめのサイクリストには大変有難い。施設内には五右衛門風呂があるのも嬉しいサービスだ。
このお宿、女将の高祖父が冨屋金兵衛氏、この宿に土佐を脱藩した坂本龍馬が四国最後の夜を過ごしたとされる、と。 一階には坂本龍馬に纏わる品々の展示もある。
あなたを満たすお魚料理、居酒屋川新
予約してよかった!大当たりの今夜の晩御飯、居酒屋 川新へ。どんなに良かったかは、写真から伝わるだろうか。下手なコメントは差し控えておく。
こうして5/17日のはまかぜ海道サイクリングの旅の夜は更けていった。
翌日へつづく。