UA-99909684-7 しまなみ海道◆尾道~うさぎ島~今治◆四国~九州ぐるり自転車旅◆1/4 | 旅のブログ|バイシクルトリップ! | Bicycle Trip!

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2019.06.25

しまなみ海道◆尾道~うさぎ島~今治◆四国~九州ぐるり自転車旅◆1/4

2019年5月、著者史上最も壮大な旅のひとつにでかけたことを紹介する。結果、著者は4日間に渡る自転車旅だったため、4分割にしておく。




旅の概要





全行程予定地図
当初の予定 約270㎞走行を想定



計画当初の予定は上の地図の通りだ。
この旅は、中国地方の者と、関西からの者たちの合流からのスタートが初期設定である。5/17朝に今治市内で合流の段取りである。関西発は、オレンジフェリーで、大阪南港22:00出航~東予港6:00着岸(当時大人 ¥8150 の部屋を利用)で移動だ。 著者と広島人とがどう合流地点へ移動したかは後述する。

計画としては、
初日5/17、今治合流後、松山市内を経由し、伊予長浜で宿泊。
翌日5/18、佐多岬を走行、佐賀関へ抜け、三崎から国道九四フェリーで佐賀関着で別府入り。
最終5/19、別府観光ののち、竹田津まで走行後、スオーナダフェリー で徳山港へ。
自転車はここまでで、新幹線徳山駅で一旦解散、各々帰路へ。




ところがどっこい、そうは問屋が卸さない!
この当初の計画は、後世に役立つであろうから、備忘録にしておく。




0日目◆尾道~忠海港~大久野島(5/16)





尾道発大久野島経由しまなみ海道で今治へ
尾道発大久野島経由しまなみ海道で今治へ



著者は尾道で、友人と合流。午前10時、尾道を出発し約30km走行。その道は沿岸沿いで比較的なだらかであるも、車通りはやや多いので、気を付けたし。
忠海港から大三島フェリーで大久野島、別名うさぎ島へ渡る。当時、片道310円、自転車120円の合計430円の切符だ。






https://www.instagram.com/p/BxkTW0HhtPk/?utm_source=ig_web_copy_link



出航までの少しの時間、もちろん撮ります、写真。
我々はこのとき、ショップで200円でうさぎのエサを購入したが、可能であればスーパーでキャベツやニンジンなどを買っていくことも良いだろう。人気者になること必至。 すてきな大きなうさぎの看板にすでに血圧も上昇、浮足立っていざ、乗船!このときは、忠海港12:00発-大久野島12:15着の便へ乗船。自転車は、前のほうに積むよう指示された。しっかりとロックで固定しておくと良い。






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つくやいなや、もうそこは、うさぎの楽園...。








この外周約4kmの小さな島に、なんと約700羽ものうさぎが生息しているという。人は住んでいない。瀬戸内海国立公園でもあり、海水浴場やキャンプ場、芝生広場にグランドも広がり、島内には唯一の宿泊施設「休暇村大久野島」もあり雇用を生んでいる。この日のお昼はここのカレーだ!
しかし、この島には歴史的にも類をみない、悲しい過去も背負っていることを忘れてはならない。




1929年、毒ガス製造開始、地図から島が消えた






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1929(昭和4)年5月、旧陸軍が秘密裏に毒ガス製造所(正式名、東京第2陸軍造兵廠忠海製造所)を開所。(それよりも前、旧陸軍は第1次世界大戦(1914-18)中から毒ガス兵器の研究に着手しており、1925年にはドイツの科学者メッツナー博士と開発を進め、致死性の毒ガスの合成に次々と成功している。)
諸々の条件の揃うこの大久野島に目をつけ製造をスタートさせたのである。当然ながら当時の技術や歴史的背景などにより、死者や病人、けが人は少なくはなかった。気になる人はググって欲しい。
そこでうさぎ達が実験に使われていたであろうことは想像に難くない。いまのうさぎは当時のうさぎの子孫ではないそうだ。




うさぎのエサやりご用心





大久野島のうさぎに囲まれる
大久野島のウサギに激しく囲まれる



そんな歴史ある大久野島だが、今やこうして平和に、観光客を受け入れ、癒されに来る人は後を絶たない。
ただ、奈良の鹿同様、エサを求めて突進してくるうさぎも多いので、気を付けたい。特に自転車乗りは、要注意だ。危うく轢いてしいそうな、ヒヤリハットなシーンもあった。時間があるなら、押して歩くと良いだろう。十分歩いて回れる島である。しかし、きっとあなたは、自転車には乗れないかもしれない。歩く度に、次のうさぎ、次のうさぎと、入れ替わりたちかわり、おもてなしをしてくれるからだ!




大久野島を後に大三島・しまなみ海道を






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一行、興奮冷めやらぬも、今治へ向かわねばならないゆえ、途を急ぐ。
大三島フェリーの、大久野14:19発-盛港14:35着の便に乗船。来た道と同じく合計430円の切符だ。この時大久野島での切符販売機に自転車のボタンがなく、船員さんに直接お金を渡すスタイルだった。小銭があったほうがいいだろう。




到着するともうそこは、しまなみ海道の通る大三島の北側だ。しまなみ海道の線に合流するまでの約8㎞程だが、うさぎ後に程よく、彼らの癒し効果もあるのか、非常に心地よいサイクリングタイムだった。






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途中、新しいホテルが建設中だった。 IKIDANE HOSTEL & CAFE SHIMANAMIというサイクリスト目線の、複合施設だそうだ。レモンのイメージだろうか黄色がまぶしい。次回、じっくり観察してみたいものだ。




この大三島を過ぎる頃には15時もまわり、いつも寄り道をしては、はしゃいでしまう我々なので、 途を急ぐ。大三島から目的地である、今治の本日のお宿までは約30㎞だ。




シクロの家へチェックイン






https://www.instagram.com/p/BoNUsUTARz4/?utm_source=ig_web_copy_link



しまなみ海道をひたすら南下し、無事に0日目のお宿、シクロの家に到着!このとき、夕日を少しだけ感じながら18時前だったと記憶。
このお宿、サイクリストでしまなみ海道に来ようという人ならほとんどの人が知っているというゲストハウスとか。我々初めて利用したが、とても古民家を再利用したとは思えない、美しい快適なゲストハウスである。ドミトリーの2900円(込)を利用。英語表記も英語対応もばっちりで、外国人の多いこと。この日は平日にも関わらず恐らく満室だったが、日本人は我々含めて3人くらいだったようだ。






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シクロの家の二階の一番奥の部屋
シクロの家二階・ロフトベッド



今治名物の叉焼玉子飯で〆




0日目の晩御飯は、土地の名物、叉焼玉子飯!愛媛県・今治のご当地料理である。今治市内にはおいしいお店がたくさんあるようだったが、翌日からの本番にそなえ、さくっと食すべく。白米の上に叉焼を乗せ、半熟目玉焼きを乗せ、おいしいタレをかけた、いわゆるB級グルメだが、侮るなかれ!これがやっぱり予想を上回るうまさ!





今治名物の玉子飯
今治名物玉子飯



シクロの家では、洗濯機も乾燥機ももちろん完備。食事の間に洗濯を済ませ、戻ったらできている洗濯物を、日本人らしく、自転車エリアの土間のような部屋に一晩干しておいたら乾いていた。




0日目、終了。おやすみなさい。




翌日へつづく。






https://hotspring-bicycle-trip.love/2019/06/27/hamakazekaido-shikoku-kyusyu/
二日目の旅へ

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